なぜゲノムの分野に楽観的な気持ちになれないのか考えた

投稿者: | 2017年7月6日

漠然とした話。IT系の人達と一部の医療関係者はゲノム解析の分野に大きな期待を寄せているが、どうも個人的にはゲノムにそこまで強い希望を持てない。特に分子標的治療薬によるガンの個別化治療に対してはかなり否定的な気持ちを持っている。どうして自分がゲノム解析にそこまでポジティブな気持ちにならないのか、その理由が少しだけ自分でもわかってきたのでメモしておく。(あまりこういう分野について考えたこともないので用語は変だと思う)

まず、一般化した話から。
技術の進歩を2つに分けて考えてみる

1. 手間(工数)を増やすことによって品質を向上するもの
2. 品質は据え置き〜低下させて、手間(工数)を減少させるもの

 暗黙の了解として、昭和の日本では、実行可能な工数は増え続けるという前提があった。エネルギー革命により石油資源から電気を生み出し、電化製品が家庭でも使われるようになった。労働人口も増加し続けた。その結果1の、工数を増やして品質を向上させる技術がもてはやされるようになった。

 しかし、ついに生産年齢人口は減少し、旧来の方法を漫然と続けるだけでは品質を保つのも困難な時代になってきた。コンプライアンスの強化が叫ばれており、現場は過剰なコンプライアンスに疲弊しているといわれている。これは、本当はこのような活動をしなければ、すぐにでも品質が維持できない状況に陥りそうだということを意味する。

 したがって、今後の日本で評価されるべきなのは、2品質は据え置き〜低下させて、手間(工数)を減少させる技術であると予想される。つまり、技術の評価軸を変える必要がある。

 先進国では、これから日本のような少子高齢化が問題になると予想され、工数を減らす技術が品質を向上させる技術よりも高く評価されるのは、世界的なトレンドになっていくと考えられる。(※個人の意見です)

一般的な話おわり。ここでゲノムの話に戻る。

 ゲノム解析に展望は、個別化医療によって、分子標的薬の治療の品質を上げていくというものであった。個人や病気に最適化された分子治療薬を開発し、それを使う。それは確かに素晴らしいことだと思う。しかし、これは工数を増やしながら品質を向上させる技術である。

 しかし個別化医療をルールベースで行うと多くの思考をともない現場がもたない。これを圧縮するために、人工知能を使用する。なぜならば、人工知能の世界では、今後も計算力の増加が見込まれており、実行可能な工数=計算力は増加し続けると考えられているからである。

 ゲノムによる個別化治療とは、工数を増やすことによって品質を向上させるタイプの医療である。その追求は大変おもしろいだろうし、患者さんにも大きな効果を発揮するだろう。しかし、それはわずかな品質向上のために、莫大な計算力を費やすタイプの医療かもしれないのである。
 そしてそのような医療は、解決しなければならなない社会問題のトレンドや、社会的な要請からは本当は少しずれているかもしれないと考える。

 もちろん僕の考えが間違っている可能性もあるが、正直にそう書いておく。これが僕がゲノム医療に感じる違和感の正体で、そこまでポジティブになれない理由なのだと思う。

 ここまで書いた違和感のほかに、ゲノム研究そのものに対する不満もある。

 そもそも素人考えでは、がん遺伝子がすべて解明できたとしても癌のことが理解できるとは思わない。癌細胞を眺めている人たちは、がんは成功者であるという発想に陥りがちだ。つまり、がん細胞はいくつかの遺伝子を変えて、自ら無限に増殖できるように変身したしたずる賢い成功者だと。癌の本態は遺伝子なのだから、そのような遺伝子をみつけて叩けばいいのだと。

 しかし、私にはそのような腫瘍観は、時代遅れだと思う。癌の本態は本当に遺伝子だろうか。偉い先生は心から本当にそう思っているだろうか。それとも癌全体を理解することは難しいので諦めてしまっているのだろうか。それとも研究費を貰うためにそう言っているだろうか。

 私のなかでは癌は成功者というよりは、貧困地帯に広がるスラム街のようなイメージである。きっと多くの人はそのようなイメージを持っているのではないだろうか。華々しい成功者のイメージは癌にふさわしくない。

 それでも癌を成功者と見なしたいのなら、個別の成功者よりも、そのような成功者を生みだし、許容し、成長させるに至った背景や仕組み、条件に着目したいところだ。個々の成功者のキャラクターや特色、それは成功者を構成するパーツではあるけれども、そればかりに「成功」の原因を帰着するのは狭い考え方だと思う。

 癌を遺伝子病とみる立場は、それと同じような視野狭窄があると感じられる。遺伝子を調べる技術は手元にある。しかし癌をうみだす背景である加齢現象を理解する方法はない。だから癌を治したいという気持ちを強く持って、わかることを一生懸命に調べていると、自然と「癌は遺伝子疾患」という気持ちが過剰になりすぎてしまうのだと思う。その気持ちはわかる。気持ちはわかるのだが、賛成はしない。

 そのほかの意見も、免疫ががん細胞を排除するといった話ばかりで、世知辛い気持ちになる。若年者に癌が生じないのは本当に免疫のためばかりなのだろうか?(直感的には違うと思うけれども、何の根拠もない)

 時代のブームは、物事をみる目を曇らせるし、私達の頭の中を少し不自由にする。
 だからせめて、妄想日記の頭の中ぐらいは、役に立たないことばかり考えて自由にしていたいと思う。

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