『人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?』を読んだ

投稿者: | 2017年5月21日

読んだ。期待していたよりもずっと面白かった。

黒魔術から逃げた先には、もっと大きな黒魔術が広がっているかも

一番面白かったのはこの部分、ポナンザが黒魔術化しているというところ。

 現在のポナンザの改良方法は、何らかの新しい改良を考えたら、それを適用したポナンザと以前のバージョンのポナンザを3000試合ほど自動で対戦させるというものです。このとき、新しいポナンザの勝率が52%以上の場合は新しい改良が採用されるという方針をとっています。
 私が3000試合の将棋の内容を個別に見ることはなく統計処理をして計測しています。正確には、将棋の内容を吟味しようにも対極の勝因や敗因がわからないので、吟味できません。すでにポナンザの棋力は、私のレベルをはるかに上回っているからです。
 しかも、「改良した作業」とポナンザが「強くなったこと」が、将棋プレイヤーとしての感覚からは大きく乖離していて、理詰めではその差を縮めることができません。うまくいった改良がどこでどう有効に働いたのか、全然わからないのです。
 加えてこういった改良の成功率は、今までの経験則によると2%以下です。何らかの改良をしても、強くなることが確認できるのは100回に2回もないということですね。
 そんなわけで、現在のポナンザの改良作業は、真っ暗闇のなか、勘を頼りに作業しているのとほとんど変わりがありません。

 コンピューター将棋も黒魔術なのか、と。
 医療の世界はまさに黒魔術の世界だ。人体のメカニズムを解明して、新しい治療を開発するという還元主義的な発想は流行らない。なぜならば目標が高すぎて実現が難しいからだ。人体を構成するさまざまな要素の動きを正確に予想して、ベストな介入をする。そんな将棋では当たり前の手法が医療では使えない。医療というテクノロジーは、将棋よりも遥かに原始的な段階にとどまっているのである。

 「なぜ治療が効いたのか」という点について臨床試験や治験では全くわからない。黒魔術である。しかし、黒魔術というと格好が悪いので、一部の人はこれをエビデンスと上品に表現する。黒魔術では心がすっきりしない。そこで医療に人工知能を導入することで「黒魔術を減らしたい」と願ってる人は少なくないと思われる。なぜその治療が良いのか評価値ぐらいは示してほしい、そういう期待がどこかにある。

 しかし、人工知能ポナンザの開発も、やはり臨床医学の現場と同じように黒魔術的に行われているという。そうなると、人工知能の導入は医療の黒魔術を減らすどころか、ますます黒魔術化を促進することになる。

もう一度人工知能で医療がどう変わるか考えてみる…医療は機械に置き換わらないという直感は間違っているかも

 私の想像の及ぶ範囲で医療という業務を表現すると、治療の実施による生活上のメリットという観点に基づき、患者の感情と社会基盤を考慮て、検査の必要性などについて適切な重み付けを行い、検索における枝刈りをして選択肢を減らし、実効力のある介入を行うことだと思う。さらに言えば、数年の延命することにより本人が亡くなるという事実を本人と家族が受け入れる時間を作って、人々の行きどころのない怒りの感情を可能な範囲で受け止めコントロールし、苦痛を取り除くように試みることでもある。これが、古代から現代までの病院の仕事である。

 限られた手段と情報を見極めて現実的によいアウトカムに導くこと、それを可能にする無数の黒魔術的なバッドノウハウの集積が医療の仕事である。医療の本質とは科学技術とはすこし離れたところにあると私は思っている。純粋なテクノロジーの側面(知識や技術を高めることで問題解決)よりも政治的判断や感情処理、リソースの適切な振り分け、身体的知性などのウェイトが大きいので、どんなにコンピュータによる診療技術・治療技術が進歩しても、人間による医療がコンピュータに置き換わることにつながらない。そう内心私は思っていた。

 レントゲン写真の診断、CTの診断、組織診断、血液検査の判断力、治療の選択、手術の技術、神の手…そういう領域でコンピューターの能力が人間を超えるのは時間の問題だ。しかし、そういった技能は、エンジニアや他職種の方が思っているほど、医療の本質には近くない。。診断に関しては、人体から得られたさまざまな情報を2次元の画像や文字列に変換するテクノロジーが医療現場では日常的に多数使用されています。例えば血液などの人体の一部をサンプルし、計測し、連続的・あるいは非連続的な値を返す。そのような営みは「検査」と呼ばれ、多くの人々はそこに人工知能があるとは考えない。
 しかし、私は生データを人間が直接処理するのではなく、一度機械にかけて人間が解釈しやすいような2次元画像に変換してアウトプットするような機構は、広義の人工知能に該当すると思う。極論を言えば聴診器や血液検査のような検査も、人工知能に相当する。線形的に音波を増強して特定の波長を非線形にカットするという聴診器の特性や、多くの疾患の診断基準は、パーセプトロンの仕組みと同じである。

 そうだとすると、医療の世界には現時点でも「人工知能」に満ちあふれていることになる。そのような「人工知能」と、ディープラーニングを使用した人工知能による診断支援に本質的な差があるかというと、今のところ、個人的には「ない」と思う。

 つまり、人工知能が診断力や治療力で人間を上回るようになっても、それをいずれ医療という巨大なシステムは旧来の技術と同じように吸収してしまうだろうと。つまり人工知能で医療は変わらないという予想である。今現在でも人間の能力を大きく超えているようなシステムはたくさんあるのです。そこにまたひとつDeep Learningが加わっても大勢に影響はないだろうと。

 だからコンピュータが人間の医師の能力を凌駕する話を聞いても「そうでしょうね。私もそう思います。むしろそうなった方が医療の質は向上するでしょう。(もし現場が楽になるなら早くそうなってほしいなあ……)」というぐらいの気分でいた。つい先月までは。

 でも、最近は実はそれも甘いんじゃないかと思うようになった。まだ捉えきれていないところがあるんじゃないかと。感情的なインターフェースで政治的判断を行うような領域にも、何らかの方法で機械が進出してくる余地があるのではないかと。医療の業務の本質がエンジニアには見えていないからといって、それだけでは機械化が進まない理由にはならない。それどころか返って盲点になっているのかも知れない。もしもエンジニアが本当に医療のことをよく理解して、そこにフォーカスしたら何が起こるのか。。
 ひょっとすると当初思っていたよりも人工知能の応用領域は広くて、全然想像していないところで人工知能の普及の余地があるのではないかないかと。

 パソコンが普及し始めた時、それがブラウザとインターネットの箱になることを誰が想像しただろうか。。医療における人工知能のあり方についても、そういう主戦場が予想外の方向へ展開していく可能性があるんじゃないかという気持ちにさせられました。

人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質

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