星新一の『夢の都市』を思い出した

投稿者: | 2017年1月8日

星新一に『夢の都市』という近未来を舞台にしたショートショートがある。

 若き市長が理想の都市を作ろうとして、食品、物品輸送パイプラインなどを完備した完璧な都市をつくり上げる。しかし生まれてくる子供の発達がよすぎて身長が2倍になってしまい、結局のところ、一からあたらしく都市を作りなおさなければならなくなる話だ。

 最初に読んだ時は、荒唐無稽でひどくつまらない話だと思った。星新一のショートショートの中でも駄作である、と。けれども、昨年は機械学習や強化学習で少しだけ遊んでるうちに、健康や病気の区別はそれ単独で存在するわけではなく、社会環境の変化と、それほど急速には変化しない人間の相互作用の上で立ち現われてくるという視点を持つようになった。

 その上でこの話を読み返すと、とても示唆的だ。

 たとえば、「身長2倍」が荒唐無稽だとしても、「寿命2倍」ならどうだろうか。江戸時代の平均寿命は30-40歳。平均寿命が50歳を超えたのは1947年と言われている。今の日本人の平均寿命は83歳だ。つまり「寿命2倍」は現実に起きた話である。

 あるいは、「出生数 1/2」ならどうだろうか。多少の例外はあるが日本の出生数が200万人を超えていたのが1920年代-1940年代まで。一方で、2014年の出生数は100万1千人である。もちろん一人あたりの出生率は半減どころではない。「出生数 1/2」も現実に起きた話なのだ。

 それを踏まえて社会で起こっている諸問題を眺めるとどうだろう。あれほど馬鹿げた話だと思っていた星新一の描いた近未来都市が、ほかでもない私達が住んでいる社会を描写したものだとしても大きな違和感がないことに驚かされる。

 その時代に応じて最適な環境や制度や技術を整備したつもりでも、人間は、生物としてもっと昔の時代に最適化されているし、文化的にも少し前の時代に最適化されているのが普通だと思う。そのため新しい時代の変化に対して過剰に適応したり、あるいは適応せず、予想外の反応を示すため、その環境や制度や技術といったものの最適性は持続せず流転し続ける。自分が死んだあとも、そういうことが延々と続く。

 そういう意味では自分の活動の思わぬ副作用で変化し続ける環境下での強化学習なんていうのがあったら面白いのかもしれない。コンピュータや数学はよくわからないけど。温暖化で人間滅びろとも思わないが。

 星新一公式サイトのホシヅル図書館によると、星新一は1961年にこの作品を書いたそうだ。50年以上前の話である。同年は国民健康保険法が改正され,国民皆保険体制が確立された年でもある。

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