CPUを使わない「人工知能」の一例 なぜ聴診器は人工知能なのか

投稿者: | 2015年10月8日

高校数学もできない素人ですが、恥を恐れずに書いていきたいとおもいます。内容的には前回のエントリーの続きです。

人工知能を使って仕事をするということは、結局、こういうことだと思います。

聴診器 発明前

faca
※聴診器が発明される前は、直接人体に耳を当てて音を聞いていた

聴診器 発明後

face

どうですか? 聴診器はすばらしい人工知能だと感じましたか?
それとも聴診器は人工知能とは言えないと思いましたか?

聴診器はなぜ人工知能ではないと思われがちなのか

そうは言ってもやはり、聴診器は人工知能ではないと考える人も多いのではないでしょうか。そのように考える理由はいくつかあると思います。

聴診器は学習しないから

 さっきの音はよかったね、この音はよくなかったよ。と聴診器にフィードバックしてあげることで、聴診器がだんだん成長していく…ということはありません。学習しない。これが聴診器が人工知能とは思えない理由の一つだと思います。

 しかし、本当にそれだけで聴診器が人工知能ではないと言えるのでしょうか?
 例えばファミコンの将棋ソフトを考えてみましょう。市販の将棋ソフトは対戦を積んだからと言って、強くなったりしませんよね。

 別の例として、デジタルカメラの顔認識を考えてみましょう。今どきのデジカメは顔の位置を認識してくれます。しかし何回デジカメを使用しても、顔認識の制度が上がっていくことは通常ありません。出荷された時から分類器が固定されているからです。

 このように学習しない人工知能(分類器)はたくさんあります。ですから、学習しないからといって、聴診器は人工知能ではない、とは言うのは早計でしょう。

音を大きくしているだけだから

 きっとこう考えるひとが多いと思うんですよね。でも、聴診器は単純に音を大きくしているだけではないんです。Wikipedia をみると

ダイアフラム – 集音のためにチェストピースに張られた膜。ダイヤフラムが低音域をカットするので高音域が良く聞こえるようになっている。

と書いてあります。つまり、聴診器は全ての周波数の音を均等に増幅するのではなく、高周波数を増幅して、低周波数をカットする仕組みが搭載されています。

 人工知能風に言い換えると、周波数によって異なる重み付けがされている、とも言えそうです。イラストもだいぶ人工知能らしくなってまいりました。

sound

聴診器が人工知能ではないと思うのは人間側の要因

 もちろん、最終的に聴診器を聞いて、なんらかの所見を取り出したり、診断したりしたいわけです。人間は、視覚、聴覚から世の中の大半の物事を認識します。 聴診器のイノベーションとは、それまで胸部に直接耳を当てることによって培われてきた人間の診断能力とインターフェースを変更することなく、使用できるようにしたところにあります。

聴診器発明以前は直接耳を体に当てて音を聞いていた
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聴診器使用後も、それまでと同じ認知能力がつかえる。
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 もしも聴診器が心電図のように音波を紙に出力するタイプの人工知能であったとしたらどうでしょうか。聴診器は今日のように普及しなかったでしょう。(ちなみに心音図というモダリティは実在します。)

聴診器使用後は、既存の聴診能力が使えなくなる
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 つまり、ここには人間側の要因が多く絡んでいるのです。

ここまでは、ある程度自信をもって書いてます。ここから先は、自分でもあまり自信がありませんが、現時点での意見を書いておこうとおもいます。

情報を増やすのか、減らすのか、それが問題だ

 さて、以上のように、聴診器は人工知能であるとする主張について述べてきました。しかし、それでも聴診器が人工知能であるということについて、違和感を持っている人はいると思います。

人工知能って、あれこれ決めてくれるものでしょ? でも聴診器って、情報増やしているじゃん。これじゃあますます色々な事柄について考えなければならないよー。そんなふうに私達の世界をややこしくするものを人工知能って呼べるの?

 そうなんです。これは、私も大問題だと思います。私(達)は、人工知能に対して、膨大な情報を圧縮することを期待しています。典型的な例としては人工知能の代表選手であるGoogle検索があります。インターネットの膨大な情報を、大切な順番に10ページ選択してくれます。私達は、人工知能に思考を委ねることで、脳内のリソースの負担を減らそうとしている。もしくは「決定」という重圧から逃れようとしている。
 ところが、聴診器という機械はその逆ですね。それまで聞こえなかった微弱な音を拾い上げることで、ますます情報を増やして物事を複雑化し、私達の意思決定を難しくしている。

 なーんだ。やっぱり聴診器は人工知能とは言えないじゃないか。。

 いやいや、

 そう決めつけるのは時期尚早です。例えば、心電図モニターや、点滴ポンプなどのあらゆる機材がデータを集めるところを想像しましょう。つまり、情報を増やすからといって聴診器が人工知能ではないとは言えない、と私は考えます。

 こういった問題が生じる根本的な理由は、結局のところ私達が人工知能をどのような目的で利用しようとしているか、という出発点から生じてきます。

 旧来の方法では、(少なくとも医療現場では)判断総数が増えるたびに、人員や装置を増員し、科や専門を細分化して、人間の中に経験を蓄積させる方針をとっていました。院内で、人間や組織・装置などさまざまな分類器をネットワーク状に接続して、(稼働すればするほど治療成績は上がりますが)ボトムアップで分権的に稼働制限をしているのが病院という巨大な人工知能のシステムです。

 しかし、少子高齢化とともに、人員の増員による人間分類器の増設は限界に達しています。しかし、命を救える人間を助けないことが許されるわけもなく、これを、人間や組織ではなく、なるべくコンピュータの中に埋め込むことで何とかしようというのが、人工知能に対する期待の最たるものですが、果たしてそのような人工知能の利用法が正しいのか、目的に叶うものなのか、そもそも目的は何なのか、目指すべき姿なのか、そうでもないのか、自然に向かっていく姿なのか、違うのか、色々な意味で大いに疑問があり、不透明感であると言えます。

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